一般成果論文

記事掲載日:2020年2月26日

プラズマ圏の極端縮小のなぞに迫る

尾花由紀 (大阪電気通信大学工学部基礎理工学科)

Response of the Ionosphere‐Plasmasphere Coupling to the September 2017 Storm: What Erodes the Plasmasphere so Severely?
Space Weather, 17, 861-876, doi:10.1029/2019SW002168, 2019

  地球半径の数倍程度の宇宙空間は内部磁気圏と呼ばれており、ここには地球の大気から逃げ出した荷電粒子(プラズマ)が濃く集まった「プラズマ圏」と呼ばれる領域があります(図1)。私たちは、あらせ衛星のデータを使って、「プラズマ圏」が磁気嵐の発生とともに極端に縮小してしまう現象を発見し、そのメカニズムの一端を明らかにしました。


  プラズマ圏のプラズマは大変エネルギーが低いので、人工衛星の帯電の影響を受けやすく、粒子計測機で粒子を捕獲し、その数をカウントしていく観測では誤差が大きくなってしまいます。そのため本研究では、あらせ衛星のプラズマ波動データを解析し、波動の周波数から計算によって電子密度を求める方法を使いました。あらせ衛星の電磁場観測器が持つ高周波電波レシーバは、10 kHz~10 MHzという非常に高い周波数帯域まで電界スペクトルを取得することができます。そのため、衛星軌道の遠地点(約32,000km, 電子密度<1個/cm3)から近地点(約400 km, >10万個/cm3)まで、途切れることなくプラズマ圏の電子密度を測定することができます。

図1. あらせ衛星によるプラズマ圏観測のイメージ図(ERG Science Team提供の図をもとに改訂)

図2. あらせ衛星で観測した内部磁気圏の電子密度分布。9月7日に磁気嵐が発生したあと、プラズマ圏が徐々に縮小していく様子が捉えられた。

図3. 衛星測位システムデータを利用して算出した電離圏の全電子数マップ。北米大陸で全電子数の減少(青い部分)が緯度40°付近の中緯度まで拡大している。

  図2は2017年9月7日に発生した磁気嵐前後の電子密度を描いたものです。横軸は地球中心からの距離で、地球半径を1としています。青線は9月6日、すなわち磁気嵐前の電子密度分布を表しており、密度の高い領域(プラズマ圏)が地球半径の5倍程度まで広がっている様子が分かります。これがプラズマ圏で、この時のプラズマ圏の外側境界(プラズマポーズといいます。目印のため矢印を付けました)は、地球半径の5倍程度のところにあった、ということができます。この線一本を描くのに、衛星が近地点側から遠地点側へ向かって飛ぶ間の2時間程度のデータが必要で、図中に示した時刻は世界標準時での観測開始時刻です。その後、赤線と緑線が表すように、磁気嵐の進行とともにプラズマ圏は段階的に縮小していき、磁気嵐直後(黒線)では地球半径の1.6倍程度まで、高度にして4000km程度まで縮小してしまっていました。磁気嵐が起こると磁気圏全体を攪拌するようなプラズマの流れ(対流)が発生し、プラズマ圏が縮小することは以前からよく知られています。しかし、地球半径の1.6倍までの縮小は珍しく、歴史的な大磁気嵐であった2003年10月末の磁気嵐に匹敵します。2017年9月の磁気嵐はごく平凡な規模の磁気嵐でしたので、極端な縮小を引き起こす物理メカニズムを明らかにする必要があります。

  私たちは、GPS衛星などが発する電波をたくさんの地上受信局で受け取ったデータを解析し、この時の電離圏全電子数を調べました(図3)。これによると、宇宙空間で起こったプラズマ圏の縮小に対応する電離圏での全電子数の減少が、緯度40°付近の中緯度まで拡大していたことが分かりました。また、地上磁場データなどを解析したところ、「対流」を引き起こす電場が6時間以上の長時間にわたって赤道付近まで侵入していたことが明らかになりました。通常、磁気圏で対流が発達すると30分~1時間程度で磁気圏内の電流配置が変わり、中低緯度には電場は侵入できなくなると言われています。しかし、このときには何らかの理由により、この電場遮蔽が働かず、そのためにごく平凡な規模の磁気嵐でありながら、プラズマ圏の極端な縮小が引き起こされたのではないかと推察されました。そこで、コロラド大学グループが開発したプラズマ圏‐電離圏電磁気結合モデルを使ってシミュレーションを行い、中低緯度までの電場侵入があれば、観測と同様の極端なプラズマ圏の縮小を引き起こせることを確認しました。

  以上の結果により、2017年9月の磁気嵐では、何らかの理由により、対流電場の遮蔽が働かず、そのためにごく平凡な規模の磁気嵐でありながらプラズマ圏の極端な縮小が引き起こされたと結論付けられました。しかし、なぜ、長時間にわたって対流電場の遮蔽が起こらなかったのかは謎のままであり、今後さらに詳しく調査していく予定です。

  内部磁気圏には、プラズマ圏のほかにも「環電流」や「放射線帯」とよばれる、もっと高エネルギーの荷電粒子の群れがほぼ同じ領域に重なり合うように存在しています。「プラズマ圏」は内部磁気圏で最も低エネルギーのプラズマ群ですが、粒子の密度は群を抜いて高く、内部磁気圏の電磁気環境の背景を決定する重要な役割を担っています。人工衛星や宇宙飛行士に被害をもたらす「放射線帯」粒子の加速や損失には、プラズマ圏の外側境界付近で発生する波動が、大きな役割を果たしていると予想されています。すなわち、宇宙の安全利用のためにも、プラズマ圏の大きさが個々の磁気嵐でどのように変化するのか知る必要があるのです。

  内部磁気圏では、プラズマと電磁場がからみあう複雑な環境変動が起こっており、その全容解明は容易ではありませんが、一つ一つのパーツを拾い上げて大きな絵を描いていく作業を、世界中の研究者が協力と競争をしながら行っています。